2016年9月15日[カンブリア宮殿]福寿園 – 「伊右衛門」の“1兆円ヒット”を生んだ 京都の老舗茶舗の革新力 –

福寿園
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こんにちは。ひとりで.comです。

2016年9月15日のカンブリア宮殿は「伊右衛門」で有名な茶葉の老舗、福寿園の特集です。80歳で今なお現役として活躍する福寿園 福井会長の「変革と革新」の経営に迫る。

福寿園 – 「伊右衛門」の“1兆円ヒット”を生んだ 京都の老舗茶舗の革新力 –

 

 

【目次】
1.福寿園の基本情報
2.福寿園 福井会長の「変革と革新」経営

 

 

1.福寿園の基本情報

福寿園の基本情報は以下の通りです。

会社名 株式会社福寿園
創業 寛政2年(1790年)
設立 昭和24年(1949年)
代表  代表取締役社長 福井 正興
住所 京都府木津川市山城町上狛東作り道11
資本金 8,600万円
従業員数 340名
売上 121億円(2016.2)
事業内容 日本茶の製造販売

 

 

2.福寿園 福井会長の「変革と革新」経営

 

伊右衛門で知られる福寿園。その歴史は古く、今年で創業から220年以上を誇る。日本茶の製造販売をメインにこれまで長きにわたって経営してきた同社だが、その道程は平坦ではありませんでした。

もとは材木問屋として川を舟で運搬していたが、2割程茶を運ぶようになりその後茶業へと移行した経緯もある。

現在の福井社長は創業から数えて8代目。「伝統は守るものではなく、育てるもの」という信念に基づき、6代目社長である父の急逝、その後に7代目社長となる兄との会社経営、そして8代目となり手がけたサントリーとの連携など、経営者としての道のりは決して平坦ではなかった。

「京都、福寿園のお茶」-。サントリーが2004年3月に発売したペットボトル入り緑茶飲料「伊右衛門」のテレビコマーシャルで、福寿園の名は日本全国の幅広い年齢層に浸透し、存在感は一段と高まった。この「伊右衛門」という名称の由来は、創業者である福井伊右衛門からきている。

福井社長は「伝統は革新の連続」という発想で、サントリーと新商品の開発に取り組んでいた。味や香りを引き出す技術を研究し、茶葉で淹れたお茶に近い味をペットボトル入り緑茶で成し遂げた。「これまでのペットボトル茶商品と比べケタ違いに良かった」と自信作に仕上げた。「これなら創業者にも文句は言われないだろう」。ヒット商品が誕生するまでには、福井社長の並々ならぬ思いと努力があった。

事実、創業当時から日本茶一筋でやってきた福寿園がなぜ、サントリーと組んでお茶の本来の味を損なう可能性の高いペットボトル茶を開発するに至ったのか…。その問いに対して、福井社長は以下のように答えています。

 

 

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伊右衛門
伊右衛門

「福寿園は『無声呼人』(声をなくして人を呼ぶ、徳のあるところには、呼ばれなくても人が集まるという意)という家訓のもとに京都の地で二百余有年茶業を営んできましたが、業を継いできた先人は茶づくりの伝統の術を活かしながら、つねに新たな時代の技術やビジネスを取り入れて家業を発展させ、日本の心を伝えてきました。

つまり伝統というものは、歴史と未来を融合させた“足し算の発想“によって継承されるものなのです。そして、二十一世紀の福寿園がこれから将来にわたって価値ある存在であり続けるためには、明日のために何をするのかが問われていると、私は考えました。

明日のために福寿園はどんな足し算ができるのか、と。

明日、一人でも多くの人々にお茶のおいしさを知ってもらい、お茶の価値を感じていただくためには、一人でも多くの人においしいお茶を飲んでいただかなければならないのです。

 

そのためにはまず、急須で淹れるお茶よりはるかに手軽に飲める、本当においしい緑茶飲料をつくることに価値があると考えました。ですから、いままでの緑茶飲料とはまったく違う本物のお茶のおいしさを商品化した緑茶飲料を、サントリーさんと一緒につくってみようと決断したのです」

(Mine, 2006:120-121)

 

80歳になってもいまなお、変革を恐れずに常に時代にあった商品を提供していく福井社長。

ともすれば「伝統」というキーワードを考えるにあたって、今までの形を守り続ける…ということに固執して、結果的にその商品 / サービスが社会から不必要なものになってしまう、といった自体を招いてしまう事もある状況の中で、常に「社会から求められているものを作り、それを伝え続けることが伝統である」というような解釈のもと、変革を続ける福寿園の日本茶に今後も目が離せないでしょう。