こんにちは。ひとりで.comです。
2016年12月1日放送のカンブリア宮殿は「リゾート再生の達人がさらなる進化!「日本旅館を世界へ」」と題して星野リゾートの星野佳路(ほしの よしはる)氏が登場します。
星野リゾートはカンブリア宮殿への出演は2回目となる。前回の出演は2010年。その時の動画が以下である。
カンブリア宮殿 正直者はバカをみない第1弾”星野リゾート社長 – 2010年2月1日
泊まりたい宿No.1!星野リゾートの実力
【目次】
賑わいを取り戻しつつある鬼怒川。星のや 界 鬼怒川
栃木県日光市の有名温泉街「鬼怒川温泉」。かつては、温泉街として賑わっていたこの地域。鬼怒川周辺の古くからの温泉旅館は廃墟と化してしまった。
鬼怒川温泉へ訪れるお客さんは1993年をピークに客は3分の1までに減少してしまっている。特に団体客に頼ってきた日本旅館が淘汰されているという。
しかし、その鬼怒川温泉周辺の賑わいが戻ってきている。
そのきっかけになっているのが、星野リゾートが手がける日本旅館「星のや 界 鬼怒川」
星のや 界 鬼怒川は和風モダンな客室が48室。各部屋に眺めの良い露天風呂がある。晩御飯のメインは龍神鍋。800度の焼け石でダイナミックに沸騰させる鬼怒川の伝統料理である。
1泊2食3万円から泊まることができる。
星のや 界 鬼怒川の客室稼働率は73%。日本の旅館の全国平均稼働率は37%というから稼働率は倍以上。驚異的な数値である。
その人気の理由は…
旅館への来訪の目的が新婚旅行とあった夫婦に対して、スパークリングワインをサービス。しかし、授乳中ということでアルコールを控えているという情報を聞き、ノンカフェインの麦茶を用意するおもてなしぶり。
また記念写真の積極的な撮影や、思い出となるようなメッセージカードを添えて「また来たい」と思わせるようなサービスを振る舞う。星野リゾートでは従業員がそれぞれ女将のような接客をするように教育されているという。
星野リゾートは全国に35箇所の施設を持つ。総合リゾート企業である。
という3ブランドで展開しており、雑誌社が選出するベスト旅館トップ10のうち4つも星野リゾート系列の旅館が入るほどである。
星野リゾートの代表 星野佳路氏は2010年にもカンブリア宮殿に出演している。その際には、「観光は今後基幹産業になる」と言っていた。2回目の登場となる今回だが、それまでの6年間で更に成長を続けている。
6年前星野リゾートの取扱高が254億円だったのが、2015年は441億円と大きく成長している。また、2010年に1,400人だった従業員は2016年は2,069人と大所帯になっている。
東京丸の内のビルに日本風旅館を開業
2016年7月。東京のど真ん中に星のや東京という日本風旅館を開業した。現在までの利用客の4割は外国人だという。東京のオフィスビルのど真ん中にあるこの施設。徹底した日本風をあしらっており、エレベータも畳敷きにしている。
客室は84室あり、海外からのお客さんでも親しんで頂けるようにソファやベッドも置いた和の空間を演出している。1泊1室7万2,000円〜で、大人3人まで宿泊することが可能である。
また、大都会のど真ん中でも天然温泉が楽しめるとあって、海外からのお客さんにも人気を博している。
ロブ・リポート(ROBB REPORT)という富裕層に定評のある情報誌にも紹介された。この雑誌は世界で100万部販売している。
2016年10月。星のや東京は、アジア太平洋ホテル投資会議にて、この1年間で開業したホテルの中での最優秀賞を受賞。過去にはシンガポールのマリーナベイ・サンズも受賞している名誉ある賞である(2010年)。
父との確執。そして目指すべき日本旅館の形とは?
星野リゾートの代表 星野佳路氏は軽井沢の旅館の息子として生まれた。1914年創業の軽井沢にある星野温泉旅館。星野佳路氏は4代目跡継ぎとして育てられた。アメリカでホテル経営学を学んだ星野佳路氏は実家を継ぐべくアメリカから帰国した。
しかし、その直後から昔ながらのやり方に固執しる父とぶつかってばかりだった。例えばホテルにおける仕入れ。同族企業や関係企業から仕入れを行っており、割高だった。父親に「安くて質の良いところに変えよう」と提案したが拒否されてた。
また、同族社員と一般社員で給与体系が違っており、これも同じにしようとしたが父親に拒否された。
こういった行動に見かねた星野佳路氏は1991年、会社の株主総会で父親の不信任決議案を発議。結果株主の6割の支持を得て、父親を解任させる事となった。
しかし父に対する尊敬、感謝は忘れておらず、2013年の父親のお別れの会の場で
「事業が今でも継続できていることは、父が長期的な視野で同族会社の良識を発揮したからなのです。これからは父子としての良い思い出をしっかり思い出し、感謝の気持ちとともにいつまでも覚えていたいと思っています」
と発言した。
星野佳路氏は何も同族経営=悪、と言っているわけではないという。同族会社の良い点は長期視点であるということ。安全に次の世代にバトンタッチできる。しかし、欠点として公私混同してしまうことが散見される。そうすると、企業としては伸びていけないし、働いている社員の納得度がなくなってしまう、という。
前回出演時の2010年から星野佳路氏は
- 従業員に対してやらされ感をなくす
- 社員に自由度を与える
ということを訴えてきたが、それが現代経営におけるスタンダードになりつつあるのではないだろうか。
1980年代までの経営では、社員のやる気は社員一人ひとりが出さなきゃいけないものだった。やる気のない社員がいた時に悪いのは本人だった。
しかし、それ以降の人材学、ビジネススクールでの経営学では、社員のやる気は経営者の責任になってきた。経営者が社員のやる気を出すマネジメントをしなければならない。社員たちのモチベーションをあげてやる気を出して楽しく仕事をしてもらい、能力を100%発揮してもらうのが経営者の仕事である。
今後の星野リゾートについて星野佳路氏は下記のように述べている。
「日本に行くから日本旅館に泊まろう…ではなく、快適で素晴らしいおもてなしを受けることができるから日本旅館に泊まろう、そういう市場を世界で作っていきたい」
星野リゾートは土地や建物の所有は行わず施設の運営に特化することによって拡大している。星のや東京も所有は三菱地所。
日本では所有と運営が同じ場合が多いが、海外では所有と運営が別なケースが多く、星野リゾートもこの形態を取っている。
星野リゾートでは全社員が目指すべき経営ビジョンを時代に合わせて変化させている。
旧ビジョン:リゾート運営の達人(1991年から)
新ビジョン:ホスピタリティ・イノベーター
ホスピタリティ・イノベーターとは、”おもてなしで革新を起こす”という意味である。
近年、競争相手が国内での戦いではなく、世界での戦いに変わってきた。外国のホテル運営会社がこぞって日本に入ってきたのがその要因である。リッツ・カールトン、フォーシーズンズ、ヒルトンなどなど。そういった中で、星野リゾートが星野リゾートとしてあるべきなのは、「違う運営方法、違うサービス、全く違う生産性、いままでにない運営会社」であると考えている。
お客様の声を聞けば聞くほど、どのホテルも同じサービスになっていってしまう。
自分たちのこだわりをサービスにしていこう、顧客のニーズにないこだわりを押し付けてでも提供していく。そこにリスクを取っていかないと世界で評価されていかないのではないか、と星野氏は考えている。
スタッフの提案を大事にする星野リゾート流、ホテル再生術
星野リゾートでは、スタッフの発案を重要視する。全国に散らばるその土地の特徴活かしたホテル運営を心がけている。その土地の特徴はその土地に昔からいる人達の方が詳しい。それを活かさない手はない、というのが基本的な考え方である。
事例1) 北海道トマムの星野リゾート トマム
1986年に第三セクター方式で開業したトマムリゾート。これまで2回に渡って破産申請がなされている”いわくつき”物件であった。
2005年、星野リゾートが全面的に運営を開始させた。トマムは土地柄、スキーリゾートに需要が偏っており、スキー以外の時期に大きな赤字を出してしまい、それによって投資ができず更に業績が悪化する悪循環を繰り返していた。そこで星野リゾートでは、従業員が見つけた「雲海」を活用して「雲海テラス」を開き、冬以外の需要の取り込みに成功した。従業員だからこそ発見できた地域独特の魅力の再発見である。
事例2) 星野リゾート青森屋
2つ目の事例は星野リゾート青森屋。青森県八戸駅からバスで40分。青森空港からバスで2時間半と決してアクセスは良くない。
元々は古牧温泉、古牧グランドホテルがあったこの地域。バブル崩壊前までは、青森県でも随一の人気ホテルで、青森県人にとっては、古牧グランドホテルへの就職は憧れ、というほどだった。しかし、バブル崩壊後に客足は途絶え、2004年に220億の負債を抱え経営破綻。
星野リゾートが運営を引き継いだ。なんとその後たったの5年で黒字化に成功したという。
星野リゾート青森屋の自慢は池の中にある開放感のある「浮湯」と呼ばれる温泉。
団体客がメインの236室を持つ大型旅館で、1泊2食付き1万5,500円から。
青森らしさを全面に打ち出した津軽弁のおもてなしスタイルを貫く。定期的にアイディア会議を実施し、総支配人から料理長、現場スタッフも交えてフラットなアイディア出しを行う。これが星野リゾート流である。
夜には本物のねぶたが出てきたり、りんごのガチャガチャが置いてあるなど、随所に思考を凝らした工夫がほどこされている。
以前はほとんどトップダウンで決まってしまっていたが、そこがガラっと180度変わったという。
事例3 ) 海外初進出。バリ島の星のやバリ
東南アジア屈指のリゾート地、インドネシアのバリ島。世界屈指の高級ホテルが立ち並ぶこの地に、星野リゾートが進出する。はじめての海外進出である
2017年1月にオープン予定でヴィラ形式の部屋が30室。1泊1室7万〜という価格帯で、それぞれのヴィラには専用プールもある。運河のように伸びていて他のプールと繋がってる。
ディナーは和食とインドネシア料理を組み合わせた創作料理。
開業に向けて準備も着々と進行している。スタッフはもちろんインドネシア人の現地スタッフ。62人を揃えている。星野リゾートではスタッフが掃除や接客含めて全てができるようにならないといけない。
海外でも日本流のスタイルを貫く方針で、現地のスタッフにも自らの考えを反映したホテル経営を行っていく予定だそうだ。日本の旅館と同様にインドネシアで働くバリの人達がクリエイターとして個々のサービスを発揮する力を養っていって欲しいと考えているという。
日本旅館というものがホテルカテゴリーのひとつとして位置づけられるかどうか…ここを作るのが星のやの夢でもあるしぜひ実現していきたいと考えているという。