[未来世紀ジパング]タイ・プミポン国王崩御 何故そんなに愛されたのか? 今後のタイは? – 2016年12月12日 –

ジパング
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こんにちは。ひとりで.comです。

2016年12月12日放送の未来世紀ジパングはタイ・プミポン国王崩御 何故そんなに愛されたのか? 今後のタイは?と題して混迷を極めるタイの今と今後を特集します。

 

プミポン国王崩御で変化を求められるタイ、そして日系企業

 

 

プミポン国王崩御で揺れるタイ

 

未来世紀ジパング プミポン国王
未来世紀ジパング プミポン国王

2016年10月13日、タイ王国のプミポン・アドゥンヤデート国王(ラーマ9世)が亡くなった。

プミポン国王は1946年、18歳で王位に即位。在位70年という期間は現役の国家元首として最長だった。タイ国民は親しみを込めてプミポン国王を「お父さん」と呼んでいた。

なぜプミポン国王はここまでタイ国民に愛されていたのか。

 

未来世紀ジパングの取材班は、プミポン国王崩御からほどなくして、タイに取材に訪れた。空港を降りるとすぐにプミポン国王の生涯を記した看板が大きく飾られ、高速道路には弔慰を表すゲートが設置されている。高速道路から見える看板広告はどれも暗い色にトーンを落とされていた。

 

街へ着くと、そこにいる人々は黒い服を着用し喪に服している。というのも、タイ政府が政府関係者や公務員は1年間喪に服す意味を込めて、黒い服の着用を促しているという。それと併せて、国民に対して娯楽活動の自粛を求めていた。国民にとって偉大な存在のプミポン国王に弔慰を示す意味も込め、政府関係者だけでなく一般の方々も同様に黒い服を着用している人が目立った。

タイの1年の平均気温は29度。通常、黒い服は暑くて着ることはほとんどないという。

 

 

 

プミポン国王はなぜ国民から敬愛されたのか

 プミポン国王が即位した当時、国王という存在は国民にとって遠い存在だった。しかし、プミポン国王は即位後積極的にタイ全土に自ら訪れ農業指導などを行い、国民のために尽くした。

国王が立ち上げたこのプロジェクトはロイヤルプロジェクトと呼ばれ、農業・漁業・林業など3,000以上の事業を実施した。国王自ら、国民の立場にたち、彼らに直接指導することによって、国民をもっともよく考えてくれる国王、としてその存在たらしめる事となった。

このロイヤルプロジェクトのひとつにゴールデン・トライアングル(黄金の三日月地帯)の活性化というものがある。ゴールデン・トライアングル(黄金の三日月地帯)とは東南アジアのタイ、ミャンマー、ラオスの3国がメコン川で接する山岳地帯で、世界最大の麻薬密造地帯であった。麻薬の密造地帯ということもあり、治安も悪く、違法なお金が横行していたこの地域に対してプミポン国王はコーヒー栽培の奨励を行ったり、麻薬の取締を強化することによって、経済成長を促し、今では治安も回復しているという。

 

また、ロイヤルプロジェクトのひとつには日本と関係が深いプロジェクトもある。

現天皇陛下は魚に詳しいことで知られているが、1964年にプミポン国王とお会いした際、タイが食糧難だとお聞きし、赤坂の御用地でティラピアを飼育してその中の50匹をプミポン国王に贈った。ティラピアは非常に繁殖力が強く、食糧不足も一気に回復したという。

 

それだけ偉大な存在のプミポン国王であるので、経済成長とともに、国内で起こる様々な事件に対しても、それを鎮圧するためにプミポン国王の力が大きく働いていた。

1992年、5月の流血事件。当時政権を担っていた軍と民主化を求める市民が衝突して死傷者も出る深刻な事態が起きた。プミポン国王は軍出身の当時の首相と反政府デモの主導者を呼び、

対立が国民の心を傷つけている。協力しあって国を作っていきなさい

と諭した。それで対立が収まった。

 

最近では、2014年インラック首相退陣クーデター。兄のタクシン元首相を支持する農村部の人々(赤シャツ派)と都市部の知識層などで構成されていた黄色シャツ派が対立。それを収拾するために軍が介入し軍事政権が誕生した。在位中クーデターが16回も起きた。

争いが起きるとプミポン国王が出てきて収めてくれるだろう…という甘い思いもあったのかもしれない。「何かあったら収めてくれる」という思いがあった。

 

 

 

 

プミポン国王崩御直後の企業の対応について

 

国民全体が喪に服すタイであるが、経済への影響はどうなのだろうか。

以下のホームページはタイ国際航空アユタヤ銀行のページである。プミポン国王の崩御に対して弔慰を表すために、ページ上にその旨がわかるように、肖像を示したり、ページ全体を黒くしたりしている。

 

未来世紀 タイ国際航空
未来世紀 タイ国際航空

 

 

未来世紀 アユタヤ銀行
未来世紀 アユタヤ銀行

 

 

タイ国内の日系企業はどうだろうか。バンコク東急百貨店の店内では、目立つ場所にはプミポン国王の看板を配置、東急のロゴも本来赤い文字のロゴをを黒い文字に変更した。

 

百貨店で予定した催し物についても基本的には全て中止していた。というのもタイには不敬罪という罪がある。これは王族を中傷、侮辱すると罪に問われるというもので、この時期特に厳しくなっていたという。

 

日本の化粧品をアイサムオオヤマ。現地の社員6人全員が国王の画像を保存していた。それだけ、国民全体への影響も強かったため、国王が崩御してから、ホームページを白黒に変えたという。

 

 

崩御1ヶ月後のタイ国内

プミポン国王の崩御から1ヶ月後、再びタイに訪れると…喪に服していた人は減り、ほとんどの人が以前と同じ服装の人が増えていた。しかし、肩に喪章をつけている人が多い。街の看板も白黒からカラーに戻っていた。

 

ただ、タイの国営放送では、1ヶ月以上たった今でもCGを使って落ち着かせた色での放送を続けている。崩御から1年経過するまでは20%色を抜いた形で放送を続けるという。

 

1ヶ月前の崩御直後、プミポン国王の肖像画を飾り、催し物を中止していたバンコク東急百貨店はどのように変化したのだろうか…。

店内もその頃とは異なり、すっかり鮮やかな色が戻ってきていた。崩御から1ヶ月、店の売上は数%落ちただけで済んだという。しかし、どこまでの催し物を実施すべきか…恐る恐る国民の気分を害さないか…と今でも判断に迷うことがあるという。

 

 

 

 

 

今後の日本企業への影響は?

日本への影響。タイは東南アジアで最大の進出先。製造業は2,100社あるという。タイが混乱すると日本経済にも影響が出る可能性が高いという。

 

ロジャナ工業団地アユタヤには日系企業が131社集まっている。崩御から1ヶ月日本の製造業はどうなっているのか。

日立金属タイランド。1991年設立の現地法人で、社員は約2,300人。自動車用部品の製造が7割を占める。この企業は崩御の後、1日も休まず操業を続けているという

 

タイ国内では、転職という文化が根付いており、自分自身のキャリアップのために”ホッポステップジャンプ”と転職を繰り返す人が多いという。しかしそんな中でも、日立金属の離職率は0.5%だという。毎月社員を査定し、査定によって給与が変化する仕組みを取っており、頑張った人がきちんと評価される仕組みになっている。

 

2011年の洪水、日系企業450社が被害。日立金属の工場も約3メートル浸水し4ヶ月間操業停止に追い込まれた。

 

モノづくりの中心はタイ。ここで成長しないと日立金属の存在意義はないと考えており、これからも社員とともに苦難を乗り越えていけるのではないかと考えているという。

 

 

 

 

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タイの今後の課題

タイは今高齢化が進んでいる。現在でも人口ピラミッド上は40代が最も多い世代となっている。これから一気に少子高齢化が進んでいくと思われているため日本にとってはビジネスチャンスかもしれない。

埼玉県のランダルコーポレーション。この企業は老人ホームなどのケア施設の運営を行っているが、高齢化が進むタイに自社サービスの売り込みを開始している。また介護士の養成学校での指導を行っている。高齢化が先にすする日本にとっては、日本で得たノウハウをタイに輸出することによって、ビジネスを広げていこうとする企業が今後増えるのではないかと予想される。

 

12月1日に、プミポン国王の長男であるワチラロンコン新国王が即位された。タイの経済成長率は昨今、2.8%と少し成長が鈍化している。タイは変わらなければならない。変わるタイに日本は追いついて対応していかなければならない。