[カンブリア宮殿] ( 愛知ドビー )世界を驚かせた日本製の鋳物ホーロー鍋バーミキュラ ~倒産寸前の町工場 大逆転の秘密~– 2018年2月1日

カンブリア宮殿
LINEで送る
Pocket

 

こんにちは。ひとりで.comです。

2018年2月1日放送のカンブリア宮殿は「世界を驚かせた日本製の鋳物ホーロー鍋バーミキュラ~倒産寸前の町工場 大逆転の秘密~」と題して愛知ドビー 代表取締役社長 土方邦裕(ひじかた くにひろ)さん、代表取締役副社長 土方智晴(ひじかた ともはる)さんが登場します。

 

名古屋市の町工場「愛知ドビー」が生んだ鋳物ホーロー鍋「バーミキュラ」がヒットを続けている。

鋳物ホーロー鍋といえば、フランス製が人気の市場だったが、7年前に発売すると、「調味料を使わなくても野菜が驚くほどおいしくなる」と評判となり、一時15か月待ちになるほどの大ヒット商品となった。さらに、IH調理器を組み合わせた炊飯器「バーミキュラ ライスポット」を2016年に発売。こちらも一時入手困難となるヒット商品となっている。

これらを生み出したのは、愛知ドビー社長・土方邦裕と、副社長・智晴の兄弟。2人は、「世界一の鍋を作って下請け工場から脱却する」という目標を立てて開発に挑み、3年間の試行錯誤の末、無水調理ができる世界初の鋳物ホーロー鍋を生み出すことに成功したのだ。

そして今、倒産寸前だった下請け工場は、愛知を代表する鍋メーカーへと生まれ変わっている。

“魔法の鍋”と言われるバーミキュラの秘密と、町工場の誇りをかけて挑んだ、兄弟の感動開発ストーリーに迫る。

 

世界を驚かせた日本製の鋳物ホーロー鍋バーミキュラ ~倒産寸前の町工場 大逆転の秘密~

 

無水調理の魔法の鍋:バーミキュラ

 

名古屋にあるチェザリというピザレストラン店。昨年無形文化遺産に決まったナポリピザを世界チャンピオンが出してくれるとあって、1日1,000枚販売することもあるという。

このピザ窯で使っているのが、魔法の鍋と言われるバーミキュラである。この鍋に変えて料理の味が大きく変わったという。

これまでは、形のスゴく似たフランス製の鍋を使用していたが、それだと水蒸気と一緒に旨味が逃げていってしまっていた。バーミキュラに変えてから、お客様からも野菜の味がする…と評判となったのだという。

 

 

この鍋を使った料理教室が東京でも開かれており、予約殺到となっている。このバーミキュラを使うと無水調理ができるのである。

 

 

 

100分の1ミリの密閉性

 

この鍋の製造元は愛知県の愛知ドビーという企業である。代表取締役社長 土方邦裕さん、代表取締役副社長 土方智晴さんは兄弟でそれぞれ、経営と開発を分担している。このタッグで愛知県の下請け企業から一台メーカーへと変貌を遂げたのである。

 

バーミキュラの無水調理の秘密は鍋の蓋にあるという。バーミキュラの鍋のフタは職人が100分の1ミリ以下の隙間になるまで削り、鍋本体とフタが密閉されるため、野菜の水蒸気が外に逃げずに鍋の中に閉じ込められるのである。鋳物の鍋を100分の1ミリ以下まで削っているのは、世界でもバーミキュラだけだと言われている。

鋳物のホーロー加工にも料理がおいしくなる秘密が隠されている。ホーロー加工はガラス成分が入った塗料を吹きかけ、800度の窯で焼き上げることで完成する。ガラス成分は遠赤外線効果を発揮するため食材を芯から温めることができる。

 

バーミキュラの人気の秘密は、製品だけではない。本社のコールセンターでは、お客様から調理の相談も受けている。例えば、バーミキュラで作る離乳食。バーミキュラの無水調理で作った野菜鍋のスープと残った野菜を濾した離乳食などを専属シェフが考え提案する。

こうしたお客様の声を大事にすることから新たな製品も誕生している。それが、バーミキュラ ライスポットである。ホーロー鍋とIH調理器をあわせた世界でひとつの炊飯器である。

 

 

実は、バーミキュラでご飯を炊くとご飯がふっくら美味しいという声が届いていた。その一方で、火加減が難しいと言う声もあった。そこで、IH調理器に最適な火加減を調整するようにプログラムし、ボタン一つで適度に加熱できる炊飯器を作り上げたのである。

 

バーミキュラ ライスポットは1台8万円を超える高額商品であるが、発売一年で5万台以上を販売している。その結果、バーミキュラ販売以降緩やかに伸びていた売上が一気に3倍まで膨れ上がったという。

 

 

 

愛知ドビーのルーツ

ドビー機
ドビー機

愛知ドビーのルーツは、愛知県稲沢市のとある工場で見受けられる。阿部桂毛織合資会社という繊維工場でドビー機という機械が使われている。愛知ドビーはもともとドビー機を造っている企業だった。

 

1936年、祖父の土方司馬一さんが創業した。社員70名でドビー機を製造していた。やがて繊維産業が下火になると、船舶や建設機械の下請け工場に転換した。両親の希望もあり、後を継がず、兄の土方邦裕さんは豊田通商に就職し、為替ディーラーとなった。

しかし、バブル崩壊後、愛知ドビーのような下請け工場はより厳しい環境に陥っていった。そうした状況もあり、2001年、豊田通商を退職し、愛知ドビーに入社した。会社の状況はその時には相当逼迫しており、売上2億前後に対し夫妻は4億以上と、債務超過の状況だった。

その頃、弟の土方智晴さんはトヨタ自動車で経理の仕事についていた。兄に遅れること5年、2006年にトヨタ自動車を退職し愛知ドビーに入社した。

 

2人は機械操作を覚えることからはじめ、やがて全ての工場の機械を使いこなせるようになった。そしてがむしゃらに下請け仕事を行い、収益をある程度安定させた。しかし、海外生産などに押され、なかなか先に進めない状況に陥っていた。

 

 

 

バーミキュラ誕生秘話

 

 

そんな時、弟の土方智晴さんはたまたま手に取った本にホーロー鍋が書かれているのを発見し、自社でも鋳物として作ることができるとひらめいた。そこからホーロー鍋を作り始めたのだがなかなか最初はうまくいかなかった。

 

鋳物で鍋を作るのは簡単だったが、ホーロー加工は初めてであり、800度の窯で焼くと表面に気泡ができてしまいとても商品として売れるものではなかった。ここから、吹き付けるガラス成分や鋳物の比率などを少しずつ変えて試作品の制作を繰り返した。

 

最初は3ヶ月もあればできるとタカをくくっていたが、結局1年もかかってしまった。しかし、この段階ではまだフランス製の鍋の類似品に過ぎなかった。そこで、ステンレス製鍋でできる無水調理に注目した。

 

遠赤外線効果の期待できるホーロー鍋、無水調理のできるステンレス鍋、この2つの機能を併せ持った鍋を作ることができればどこにも負けない鍋ができるのではないかと考え、密閉性への追求が始まった。

ホーロー鍋は800度の窯で焼かなければならないため、その段階でどうしても歪みが発生してしまう。ここでも試作品の製造を繰り返し失敗作は1万個にも及んだ。

 

そんな中起こったリーマンショック。下請け工場の仕事は激減し、工場が週3日しか稼働しないという状況まで追い込まれた。

結果、3年の時をかけて密閉性の高いバーミキュラを完成させたのである。